お大事に
         〜789女子高生シリーズ 枝番

         *YUN様砂幻様のところで連載されておいでの
          789女子高生設定をお借りしました。
 



     2



当病院の入院用の病棟は、
一階の医務・薬事&外来ゾーンの真上の二階三階で。
主には内科と整形外科(外科含む)とが、
それぞれ西棟と東棟とへ割り振られての、
ナースステーションや処置室、給湯室などを中央に挟み、
中庭を囲うコの字形になっている。
年が明けたばかりの中庭は、
陽あたりこそいいものの、
芝草もところどころが冬枯れしての何とも寒々しい見栄え。
縁取りなんだか生け垣の代わりだか、
何本か植えられたサザンカが濃緋色の花をつけているので、
その華やぎでもって多少は救われているというところかと。
そんな様子を窓越しに視野の端へと入れつつ、
白衣の裾をひるがえし、婦長に急かされたまま二階へ運んだ兵庫せんせい。
こちらですよと導かれたのは、診察中に聞こえた声が指していた個室の一つ。
お廊下には、検温以上の処置に要るあれこれ、
鉗子やピンセットを立てた容器や、
ガーゼに包帯、綿花に消毒剤各種と絆創膏いろいろという、
診察セットを乗せたワゴンも置かれてあって。
ありゃ、じゃあやっぱり外科への入院だったのかなぁ、
でも、カルテも通知も、何にも回って来てないがと。
まだ微妙に他人事としての把握だったものが、

 「どうも、失礼しま……す?」

手術を手掛けることとなるなら、
担当は自分だ、容態を知らにゃあならぬ。
それもあってのこと、
微妙に混乱し掛かっていた意識を正し、
初めましてのご挨拶を兼ねて、
検診ですというモードへ切り替えかかった…
榊せんせえであったのだけれども。

 「…痛いよぉ、お母さん。」
 「〜〜〜〜、久子。」

パジャマ姿の小さな体をなお小さくするように、
きゅうと丸めがちにし、
大人用のベッドの上に横になっていたのは誰あろう。

 「…久子? な…っ、これはどういうことだ、久蔵。」

脂汗をかき、半分泣きそうになりながら、
ベッドに寝かされ、うんうんと唸っておいでの小さな少女は、
見間違えるはずのない、自分の大事な一人娘さんであり。
第一子はそうなる傾向が強いと言われるそのまんま、
容姿はお父さんの方に似たらしく。
お母様の金髪ではなくお父様の黒髪を受け継いでおいでで、
面差しはまだ幼いからか甘く柔らかな印象ながら、
それでも端正な整いようは、
先で美人さんになること請け合いと、今から想起させるに十分なそれ。
そんなお嬢ちゃんのさらさらとした髪を、
綺麗な白い手でそおと撫でてやりながら。
案じてはおいでだが、オロオロはせず、
大丈夫だからねと一心に励ましているのが。
こちらも、こうまでの白皙の美人を他の誰と取り違えるものだろか、
榊せんせの愛する奥方、
ホテルJの営業部でバリバリに勤めておいでという都合からの夫婦別姓、
三木さんチの久蔵さんじゃあないですか…という
信じ難い構図であったものだから。
日頃の冷静温厚さもどこへやら、
ついつい愕然とした勢いのまま、
お声を張ってしまった兵庫さんだったものの、

 「榊せんせい、落ち着いて。」
 「どうやら久子ちゃん、急性の虫垂炎みたいで。」

信じられない事態でつい、
柄にない大きな声を出したせいだろう。
検査にと居合わせていた看護師ら数人が、
ギョッとしたままながら、
兵庫と久蔵さんの間に割って入るように楯になり。
奥方への無体はどうかご遠慮をという、殿中でござるな空気になりかかる。
それへはさすがに、せんせえの側でも我に返ったご様子で。

 「いやあの、大丈夫だから。」

まさかに
胸倉掴んで吊るし上げるつもりまではなかったよと。
きれいな手でこぶしを作ると口元にあてがい、

 「…そか、虫垂炎か。」

単なる腹痛ではなく、用心していても発症する代物なだけに、
奥方へ責めるような態度になりかけたのは確かに大人げなかったと、
気を取り直してのこほんと咳払い。
そんな親御さんへか、それとも担当医へのそれか、
カルテの挟まったバインダーを差し出しながら、
主任看護師さんが問うたのが、

 「オペ、ですね。」
 「そうなるな。」

専門家でもある医者からすれば、
子供の虫垂炎というと、
発覚発見も早めな分、他の臓器への癒着の心配もなく、
対処もまま難しくはないないと断じた上での安堵もするところ。
とはいえ、まだまだ学齢前という幼子には、
壮絶な痛みに襲われて、辛いだろうし怖かろう。

 “だがまあ…。”

同じくらいに幼いころに出会った久蔵さんは、
その頃から既に“クール・ビューティ”の片鱗見せてか、
殊更表情の薄い子だったのに引き換え。
久子ちゃんは才気煥発にして闊達な、それは頼もしい娘御で。
表情も豊かだし、言いたいことは臆せず口にする
何ともおきゃんな性分をしておいで。
その割に、このところ妙にママにべったりな傾向が強いのだが、
それも…よくよく見ておれば判るのが、
甘えてというより、相変わらずに寡黙な性分のお母様なのへ、
ママ元気? ケーキ食べよっか? ご本読んでほしいなぁ…などなどと、
お膝に上がり、お顔を覗き込んでまでという
積極的なご機嫌伺いをしているまでのこと。
そして、そういう気性は、
やはり細かいところへよく気が回る性分の
父上からの遺伝もあるものかと周辺の人は思うところだが、さにあらん。

 「ママ…。」

お熱もあるのか、深色の目許を潤ませ、
それでもまだ泣いてなんかないもんとの気丈にも、
傍らにある大好きなママの手を、きゅうと握ったお嬢ちゃんだったが、

 「久子、いつから痛むんだ?」

そんなお声に気がつくと、
そちらへ向いたお顔が…豹変とはまさにこのこと。
力も萎えての頼りなげだった表情がきりりと引き締まってしまい、

 「ヤダ、パパのしゅじゅちゅはヤァだからねっ。」
 「……おいおい、久子。」

手術と言えてもない幼子から、いきなりダメ出しをされている、
当病院では人気も技術もナンバーワンの、榊せんせえだったりし。

 「いやいや、ウチの中だけの話じゃなくって…。」
 「そうそう。」

居合わせた看護師さんたちが、
こそこそと微妙に楽しげに囁き合ったのは、
実はこちらの榊せんせえ、
その手腕を今や世界的な舞台にても認められておいで。
こういうことほど口コミで広まるものか、
いわゆる一般的な、
例えば…何かしらの画期的な研究を認められて学会で表彰されただの、
ノーベル賞候補だのというのとは微妙に違う意味合いの知名度が、
ぐんと高いお人でもあり。
アメリカの超有名企業のCEOの身内だの、
イギリスの皇族に連なるお血筋のお人だの、
それこそ庶民よりも沢山の、伝手と資金がありそうなお人らからも、
是非ともあなたに手術をお願いしたいという依頼が
引きも切らずで届いてもおいで。

 「そんな“平成のブラック・ジャック”を一蹴するんだものな。」
 「身内ほど、そういうもんなのかしらねぇ。」

天才的名医という意味なんでしょうが、
それでも“ブラック・ジャック”というあだ名
本職のお医者せんせえには どうかと思いますけれど。(笑)

 「ヤァなんだもんっ、チャコ、ユキノせんせえがいいっ!」

久子と言い切れなくて、自分を“チャコ”と呼んでしまうほどの幼子から、
パパの手術はヤダ、他の先生がいいと突っぱねられては、

 「ひさこぉ〜〜。」

そんな言いようはなかろうよと、
温厚だけれど英断にも迷いなしとの、
キリリとした切れが売りでもあるはずの榊せんせえ、
いかにもしょっぱそうなお顔になってしまわれる。
そして、こういう騒動はこれが初めてではないらしく、
主任さんやら婦長さんやらは取り澄ましての真摯なお顔でおいでだが、
頭数も増えたことですしとか、他の患者さんへの処置へ回りますねと、
そそくさと退出していった若手の看護師たちだったのは、
その実、吹き出しそうになるのを堪え切れずの“脱出”だったのであり。

 「お、私だってユキノ先生にと思わんでもなかったがなっ。」

ついつい我を忘れたか、
俺と言い掛かって慌てて言い直した榊せんせえだったが。
だから、外科の世界的権威が、
足踏ん張って 拳をぐうにして言い返すのはおよしなさい。
子供同士の喧嘩じゃないんだから

  ……じゃあなくて。(大笑)

兵庫さんだとて、この衝撃を前にしつつも、
一瞬の刹那にそりゃあもうもう色々と考えた。
まず何より、自分の娘にメスを入れるなんてとの逡巡から、
そうそう、ウチには頼もしい腕前の、しかも女医さんがいるじゃないかと、
素晴らしい反射で思い出しかけたものの、

 『お土産は“おたべ”がいい? それとも“鹿せんべえ”?』
 『判って言ってますか? ユキノさん。』

大阪ではなく 京都や奈良といえば…なブツを挙げたその上、
鹿せんべえは人が食べるものじゃあありませんとのツッコミを
丁寧にも入れて差し上げたのが昨日のお話。

 「ユキノ先生は大阪の学会に出張中だ。」
 「じゃあ、岡本せんせえでもいい。」

パパへの更なるダメ出しなその上、

 「でもいいは無いでしょう、でもは。」
 「シッ、聞こえるわよ。」

予備診にと居合わせておいでだった、一番若手の先生が。
憤然とするべきか傷つくべきか、
いやいや、むしろのまずは恐縮した方がいいものか…と。
困惑しつつの動揺…という、ややこしい状況に置かれておいで。
恐らくは無自覚ながらも
いろんな方向へと失敬な余波をふりまいての
なかなかにぎやかな親子喧嘩になっておいでだが、
急性なだけに早急に対処した方がいいに決まっており、

 「榊せんせえも久子ちゃんもどうか落ち着いて。」

婦長さんが宥めて引き分けてもなお、
パパなんか嫌いっと、こうまでの拒否反応を見せるお嬢ちゃまだったのは、

 『榊せんせえったら、
  このところ、海外への出張が多かったそうですからね。』

病院だけでも掛け持ちで忙しいのに、
その上に何週間も、遠い外国に出掛けることが増えたパパであり。

  ―― 無口なママは何にも言わないけれど、
     本当は寂しいんじゃないかしら。

おウチへ足繁く通って下さり、
無口なママの話相手になってくれる
白百合のおばちゃま、もとえ、
島田さんチのシチ姉様が、くすすと微笑って言うことにゃ、

 『チャコちゃん、言ってましたよ?
  パパはママが何も言わないうちから何でも判るくせに、
  肝心なことほど気がつかないんだもんって。』

 『う………。』

こうまで達者につけつけと物を言うほどの娘がいるのに、
若いころとなんら変わらぬまま。
嫋やかな一輪挿しのガーベラよろしく、
そりゃあ楚々とした美しさを保っておいでの
絵に描いたような淑女であるママなものだから。

 『目一杯 同情しているんですよ、久子ちゃん。』

パパのバカーっと、ママの前に仁王立ちして庇ってる姿なんて、
かつての榊せんせえが久蔵を庇いまくってた構図そのまんまだから、
見ていて可笑しくって可笑しくって…と。
こちらさんも、見た目は十代のころと変わらぬ楚々とした淑女でありながら、
その実、忙しすぎるご亭主から実家へ帰っておれと言われるたんび、
かつてのお仲間たちと連絡取り合い、
とっとと事件へ蹴りつけて差し上げましょうと暗躍しちゃう、
そりゃあ困った警部補夫人にコロコロと笑いもってのそう言われ、

 『〜〜〜〜〜。』

大いに凹んでしまわれる、後日の兵庫さんだったのでありました。







    〜どさくさ・どっとはらい〜 13.01.25.


  *某佐々木倫子さんの『おたんこナース』は
   一話しか読んだことがありません。
   (確か 糖尿病の患者さん夫婦の話。)
   いつかコミックスを大人買いして
   一気読みするんだと思ってたはずですが、
   そういや まだ果たせてません、ごめんなさい。

  *井戸端会議と その後書きという格好ではありましたが、
   白百合さんの先行き、
   勘兵衛様との結婚後…というシチュエーションに
   ちょみっとながら触れましたので、
   今度は紅ばらさんの方をということで。
   シチさんの折は“話のついで”みたいだったのに、
   この差は不公平じゃないかと…思われる方も
   多少はおられるかも知れませんが、
   ……こっちって めっきりギャグ仕様ですぜ?
   こんなんでも構わなかったですか?(おいおい)

   島田警部補のことは言えない、
   こちらのご亭主も
   奥方を構ってやれないほど忙しい身になっておいでで、
   でもね、あのね、
   予想はついておいででしょうが、
   シチさんに呼び出されての大暴れ(おいおい)のみならず、
   ホテルJでも頼もしい営業顧問として頑張っておいでで、
   特に、恐持てのお客さんが無理難題を言って来ようものならば、
   きろりと冷たい視線を浴びせかけるだけで、
   あっと言う間に退散させてしまえる“氷の一瞥”も健在で。
   まだ幼い久子ちゃんとしては、
   大いに誤解しまくっているわけです。
   パパもめげすに どうかばんばれーvv(笑)

  *ちなみに、シチさんのところは、
   黒髪に やや日焼け肌で落ち着きのあるお嬢ちゃま、
   勘兵衛様に雰囲気の似た“みかん”ちゃんが生まれます。
   周囲は“蜜柑ちゃんvv”だと思ってますが、
   母上は大威張りで“美勘ですvv”と言い張ってます。(笑)
   ヘイさんにもゴロさん似の姐御肌なお嬢ちゃんが生まれて、
   ドラッグクィーンぽい風貌だったらどうしよう…。(こらっ)
   そんな三人娘らが、あの女学園へ、勿論セーラー服で
   揃って通うことになったら大笑いvv(こらー)

   あ、それと、
   兵庫さんが久蔵お嬢様への情愛に目覚めた
   “とある出来事”とかいうのは
   今のところ
   何も考えておりませんので 念のため。(えー?とか言わない)

ご感想はこちらへvv めーるふぉーむvv

メルフォへのレスもこちらにvv


戻る